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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10671号 判決

原告

株式会社キャプテンインダストリーズ

右代表者代表取締役

渡辺敏

右訴訟代理人弁護士

岡邦俊

右輔佐人弁理士

牧哲郎

被告

株式会社金城電器製作所

右代表者代表取締役

中野銀十

右訴訟代理人弁護士

的場武治

山田捷雄

阿部敏明

右訴訟復代理人弁護士

的場正道

右輔佐人弁理士

佐當彌太郎

主文

1  被告は、原告に対し、金四一一万八〇〇〇円及び内金二四九万九〇〇〇円に対する平成二年九月一五日から支払済みまで、内金一六一万九〇〇〇円に対する平成二年一一月一四日から支払済みまで、各年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一三一五万八九二〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成二年九月一五日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が別紙特許権目録記載の特許権(本件特許権、なお本件特許権にかかる発明を「本件発明」という。)について専用実施権(原告専用実施権)を有しているところ、被告が別紙物件目録記載の製品(被告製品)を製造販売等した行為が原告専用実施権を侵害するものであるとして、被告に対し、損害賠償として、本件発明の実施に対し通常受けるべき金額(実施料相当損害金)及び弁護士等費用の支払いを求めている事案である。

二  争いのない事実及び基礎となる事実

1  訴外カトラパツトアーゲーは本件特許権を有し、原告はカトラパツトアーゲーとの間で本件特許権について、昭和五七年九月一二日の専用実施権設定の合意に基づき、昭和五八年八月二六日その設定登録を受けた。なお、本件特許権の存続期間は平成六年二月一三日をもって満了した。

2  本件特許権の特許請求の範囲の記載は、別紙特許公報(本件公報)写し該当欄に記載のとおりである。

3  本件発明の構成要件は、次のとおり分説できる(以下、左の構成要件(一)を単に「構成要件(一)」ということとし、他の構成要件についても同様に表示する。)。

(一) 断面が〓状のリボンを、隣接リボンが部分的に重合してリボンの巾の約二分の一の範囲内で相対的移動が可能な状態で螺状に捲回して管体を形成すると同時に、

(二) 管体軸を含む平面に平行であり且つその巾が全長にわたり一定な扁平部を一条又は場所を変えて一条以上設け、

(三) その中、任意の扁平部に於て隣接リボンの相互間隔を伸ばした状態又は縮めた状態に拘束する手段を設けた、

(四) ケーブル又はチューブ誘導用フレキシブル・パイプ。

4  被告製品は、本件発明の構成要件(一)、(二)及び(四)を充足している。

5  被告は昭和六二年九月一日から平成二年一一月末日まで被告製品一三五九本を製造販売し、右期間における被告製品の総売上高は三三五八万五九九九円である。

三  争点

1  被告製品は、本件発明の構成要件(三)を充足し、本件発明の技術的範囲に属するか否か。

(以下、被告製品に関する番号・記号は別紙被告製品目録記載のものを指す。)。

(一) 原告の主張

(1) 別紙物件目録三、構造の説明のとおり、被告製品の管体(4)の四条の扁平部(5)のうちのひとつの外側面には、隣接するリボン(1)の相互間隔を縮めた状態でその平坦面(2)に金属製帯板(6)を接着するものであるから、この金属製帯板(6)は、本件発明の構成要件(三)における「扁平部において隣接リボンの相互間隔を縮めた状態に拘束する手段」に該当し、被告製品は本件発明の構成要件(三)を充足する。

したがって、被告製品は、本件発明の技術的範囲に属する。

(2) 一般論としては、特許請求の範囲において抽象的な文言が要件として記載されている場合、これを解釈するに当たり発明の詳細な説明を参酌するということは正しいが、本件特許請求の範囲の記載は、何ら抽象的ではなく、発明の詳細な説明を参酌するまでもなく明瞭である。

(3) 本件特許の出願過程における補正の経緯を調べると、被告が問題とする実施例の補正箇所は、特許請求の範囲の記載を明瞭に補正した際同時に発明の詳細な説明中の重複的な記載の一方を任意に削除したものにすぎないことが明らかである。被告が主張するように、補正に際し、接着や嵌合等の「溶接」以外の固定方法を除外しなければ拒絶理由が解消せず、本件発明は特許されなかったものではない。

むしろ、リボンの相互間隔を「拘束する手段」の他の実施例として、充填片の一部をリボンに「接着」するものが例示されていることを考え併せると、本件発明において「溶接」と「接着」は、「拘束する手段」における固着方法として、構造上または作用効果上は何ら差異がなく、「溶接」は固着方法の一例としてあげられているにすぎないというべきである。

したがって、発明の詳細な説明の補正により、「接着する」ものを意図的に除外したものとみなし、特許請求の範囲中の「拘束する手段」は「溶接する」ものに限られるとの被告の主張は失当である。

(二) 被告の主張

(1) 本件発明の構成要件(三)のうち、「扁平部において隣接リボンの相互間隔を縮めた状態に拘束する手段を設けた」の部分は非常に抽象的であるところ、本件公報では、その発明の具体的な内容を決める詳細な説明の記載の中で、「この部分のリボンの相互間隔を伸ばした状態で扁平部下面に当てた鋼片8に溶接し(第3及び第4図参照)或いは、この扁平部のリボンの相互間隔を縮めた状態で鋼片8に溶接する(第6図参照)」(本件公報2欄一八行から二二行)と記載し、右抽象的、概括的な内容の確定できない「拘束する」手段を、鋼片を使用する場合は「溶接」によるものに特定している。ところで、本件公報の発明の詳細な説明において、「溶接」という言葉と「接着」という言葉は、判然と区別され、意図して使い分けがなされており、鋼片を使用した拘束とその他の材料を使用した拘束の違いによって、溶接と接着という拘束の手段の方法が異なるものとされていて、本件発明の構成要件(三)のリボンの相互間隔を縮めた状態による拘束の手段は「鋼片の溶接」のみに限定されている。

これに対し、被告製品は、リボンの相互間隔を縮めた状態における拘束の手段が「鋼片の接着」によるものであるから、原告専用実施権を侵害するものではない。

(2) また、本件特許の出願経過をみると、本件発明の出願後、昭和五四年五月二五日付の手続補正書により補正された発明の詳細な説明では「リボンの相互間隔を伸ばした状態に制止維持すべく適当の巾Bを有する鋼片8を該扁平部に於けるリボンに接着又は溶接する。」とされていたのに、昭和五五年七月一〇日付の手続補正書により補正された発明の詳細な説明では「リボンの相互間隔を縮めた状態で鋼片8に溶接する」と変更されたのであって、本件発明に関する「縮めた状態での拘束する手段」は、「鋼片の接着または溶接」から「鋼片の溶接」に変更されて、「鋼片の接着」が本件特許発明の要件の中から除外されたのは明らかであり、このように「鋼片の接着」が除外されたことによって、初めて本件特許は認められたのである。

したがって、被告製品中の「隣接するリボン(1)の相互間隔を縮めた状態で、その平坦面(2)に金属製帯板(6)を接着する」との構造は、「鋼片の接着」が除外された本件発明の構成要件(三)を充足していない。また、出願人によって「鋼片の接着」が意図的に除外されている以上、いまさら「鋼片の接着」も本件発明の技術的範囲に入ると主張することは、禁反言の法理にも反し許されない。

2  原告の損害額。

(一) 原告の主張

(1) 実施料相当損害金について。

昭和五七年九月一二日、原告は、本件特許権について、特許権者から専用実施権の設定を受け、専用実施料として総売上額の一一パーセントを特許権者に支払うことを約した。 原告は、支払いを受けた通常実施料から、前述の専用実施料を特許権者に支払うべき義務を負い、かつ、これを控除した残額は少なくとも、特許権者への支払額と等額であるべきであるから、特許法一〇二条二項に基づく原告が被った通常実施料相当額の損害を算定するに際しての通常実施料相当額の率は、二二パーセントとすべきである。

被告製品の昭和六二年九月一日から平成二年一一月末日までの総売上高は三三五八万五九九九円であるから、特許法一〇二条二項に基づく通常実施料相当額の損害額は七三八万八九二〇円となる。

(2) 弁護士費用等について。

① 原告は、株式会社ネオフレックス(ネオフレックス)を債務者として、被告の本件侵害行為に対する販売禁止仮処分を申請し(東京地方裁判所平成元年ヨ第二五二八号、以下「本件仮処分事件」という)、平成二年六月二五日、右申請を認容する決定が出された。更に、原告は、被告及びネオフレックスに対する製造販売の差止め並びに被告に対する損害賠償を請求して本件訴訟を提起した。

原告は、本件仮処分事件及び本件訴訟手続を原告訴訟代理人弁護士に委任し、同弁護士は、手続遂行の必要上、弁理士を輔佐人として選任した。原告は、被告に対し、右訴訟等の遂行のために支出せざるを得なくなった以下に述べる弁護士費用及び弁理士費用を、損害金として請求する。

② 本件訴訟の経済的利益は、次のア及びイの合計約一五〇〇万円である。

ア 差止請求について

被告が3.25年間にわたり被告製品の製造販売によって支払うべき損害額は前記(1)記載のとおり七三八万八〇〇〇円余りであるから、一年間の金額は約二二七万三〇〇〇円となり、原告の権利の本訴提起時からの残存期間が3.5年であることから、被告製品の差止利益相当額は、約七九五万五〇〇〇円となる。

なお、本件特許権は平成六年二月一三日をもって権利期間が終了したため、原告は、被告及びネオフレックスに対する差止請求のみを取り下げたが、原告は、本訴提起時から右権利終了日までの期間は被告製品の製造販売を差し止める利益を有していたものである。

イ 損害賠償請求について

被告に対する通常実施料相当の損害額は、前記(1)のとおり、約七三八万八〇〇〇円である。

③ 原告訴訟代理人が所属する第二東京弁護士会の報酬会規によれば、右②のアイの経済的利益の合計約一五〇〇万円に対応する標準着手金額は一〇九万円である。

また、本件仮処分事件の経済的利益は、右被告製品の差止利益相当額の七九五万円であるから、これに対する標準着手金額は六九万円である。

同会規によれば、右標準金額は事件の内容により三〇パーセントの範囲内で増減することができるところ、本件は知的財産権に関する複雑な内容の事案であり、結果的に著しく期間を要するものとなったから、本訴着手金は標準額の三〇パーセント増の一四二万円、本件仮処分事件着手金は同じく標準額の三〇パーセント増の八九万円の合計二三一万円とすることが相当である。

原告は、右金額の範囲内で、原告訴訟代理人に対して、イ.仮処分事件着手金 一〇〇万円、ロ.本訴着手金 五〇万円、ハ.仮処分執行費用等立替金 一三万円の合計一六三万円を支払った。

本件訴訟における原告の請求が認容された場合の成功報酬額は、前記着手金と同額の一四二万円であり、本件仮処分事件では差止めを認める決定を得ているので、前記訴えの一部取下げは、成功報酬額に影響を与えない。したがって、原告は、右既払着手金等一六三万円と勝訴時に支払うべき報酬金一四二万円の合計金額三〇五万円を弁護士費用相当額として請求する。

④ 原告輔佐人の所属する弁理士会は、会令をもって「特許事務標準額」を定めており、これによれば、弁理士法九条に関する事件の着手金及び報酬の算定方法は、前述の弁護士会報酬会規によるものと全く同一である。

原告は右法令の範囲内で、原告輔佐人に対して本件仮処分事件及び本件訴訟事件の着手金(それぞれ、八〇万円及び五〇万円)を支払った。

本件訴訟が認容された場合の原告輔佐人の成功報酬は、原告訴訟代理人と同額の一四二万円であるから、原告は、右既払着手金一三〇万円と勝訴時に支払うべき報酬金一四二万円の合計金額二七二万円を弁理士費用相当の損害金として請求する。

⑤ なお、本件仮処分事件の債務者はネオフレックスのみであるが、被告とネオフレックスとが実質上同一の会社であることなど本件全体の経緯によれば、右両名の製造販売行為は、原告に対する共同不法行為であることが明らかである。

よって、原告は、被告に対し、本件仮処分事件及び訴訟に要する全弁護士費用・弁理士費用相当の損害賠償金五七七万円を請求する。

(二) 被告の主張

(1) 実施料相当損害金について。

① 原告は、訴外カトラパツトアーゲーとの間で本件特許権についての専用実施権の設定を受けたことによる専用実施料の倍額をもって通常実施料の額であるとしているが、特許法一〇二条二項の「通常受けるべき金銭の額」とは、通常実施料相当額のことをいい、通常実施料が専用実施料よりも大きくなることは通常ありえない。また、原告の主張どおり、被告が原告に支払うべき実施料が、原告が特許権者に支払っている実施料の二倍相当であるなら、特許権者が損害賠償請求をするときは、専用実施料を下回ることになるのに、専用実施権者が請求することで、受け取る実施料が特許権者よりも多額になってしまい不合理である。

そもそも、特許法一〇二条二項の規定する実施料相当額とは、客観的に相当な額であって、当該特許権についての既存の実施契約例の許諾料ではなく、かつ、専用実施権設定の対価でもなく、通常実施権の実施料相当額であるから、原告が特許権者に支払っている専用実施料は、「通常受けるべき金銭の額」(通常実施料相当額)の算出にあたって、参考になしえても、通常受けるべき金銭の額を証明したことにはなりえない。

特許権者が、契約関係にない第三者に対して請求できる損害額(特許法一〇二条二項の通常実施料相当額)を超えて、専用実施権者が、この第三者に損害賠償を求める権利を有することは理論上あり得ないし、右法条の定めは、特許権者が損害賠償請求をする場合においても専用実施権者が損害賠償請求をする場合においても、共通に適用される規定ではあるが、特許権者が専用実施権を設定した場合には、その範囲において特許権者は実施許諾権を失い、専用実施権者のみが、右法条の適用が認められうるのであるから、原告の主張によると損害の名において二重に利得することになって不合理である。

② 本件においては、客観的な実施料相当額の算定にあたっては、次の要素を考慮すべきである。

ア 売上成果への利用率

本件特許権にかかわりのない別個独立の、商品価値のある材料(市販され、自由に購入できる。)である、角フレキホースを主材としている被告製品のように、その販売価格の中に主材の代価部分が含まれる場合には、本件発明の利用率についての考慮が必要である。

被告製品は、被告が角フレキホースのうちのH型として販売しているものであるが、被告は、多種多様な角フレキホースを製造販売しており、むしろ本件発明を使用しない角フレキホースの販売量のほうが多いのであるから、角フレキホース自体販売価値のある製品であるといえる。よって、被告製品における本件発明の利用率は、角フレキホース自体の代価を控除した残額の割合で定めるべきである。被告製品の販売価格のうちおよそ57.25パーセントが角フレキホース自体の価格であるから、被告製品の基準売上額は、総売上高の42.75パーセントに当たる一四三五万八〇一四円とすべきである。

イ また、特許権の市場性に影響を及ぼすものとして特許権の残存期間、当該特許権が基本的発明か否か(本件特許権は技術的なものである。)、実施に困難を伴うか否か(被告は、被告製品の開発に多大な投資及び技術的研究を行ってやっと製品化を実現した。)等も実施料率を認定するにあたって考慮されるべきである。

ウ さらに、本件発明を実施した製品の原告の販売量と被告の販売量との比較からも被告製品の販売によって、原告が、損害を受けていることは殆どない。すなわち、原告の本件発明を実施した製品の売上は、平成元年、同二年に六億円を超え、昭和六二年、同六三年もそれに近い売上があったものと推定されるのに対して、被告の売上は、原告のそれの、平成元年は1.845パーセント、平成二年は1.272パーセントに過ぎず、その販売量はとるに足らないものであるから、原告の損害は発生していないというべきである。

(2) 弁護士等費用に関する原告の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告製品は、本件発明の構成要件(三)を充足し、本件発明の技術的範囲に属するか否か。)について。

1  別紙物件目録によれば、被告製品は、断面がほぼ長方形状で長方形の四辺に対応する四条の扁平部を有する管体(4)の「扁平部(5)のうちのひとつの外側面には、隣接するリボン(1)の相互間隔を縮めた状態で、その平坦面(2)に金属製帯板(6)を接着する」という構成を有し、隣接するリボンの相互間隔を縮めた状態でリボンの平坦面に金属製帯板を接着することにより、その扁平部の隣接リボン間隔が伸びないように縮んだ状態で維持するもの、即ち扁平部の一つにおいて隣接リボンの相互間隔を縮めた状態に拘束する手段として金属製帯板(6)が接着されているものと認められる。したがって、被告製品は、本件発明の構成要件(三)を充足するものと認められる。

2  被告は、本件発明の構成要件(三)にいう「拘束する手段」は、抽象的、概括的で、その内容を確定できないものであるところ、本件公報の記載及び本件発明の出願の経過等から、鋼片を使用した場合の本件発明の構成要件(三)における「拘束する手段」とは、「溶接」されたものに限られる旨主張する。

しかしながら、本件発明の構成要件(三)における「隣接リボンの相互間隔を伸ばした状態又は縮めた状態に拘束する手段」とは、その文言自体からも、任意の扁平部において隣接リボンの相互間隔を伸ばした状態又は縮めた状態を維持する手段であれば足り、具体的内容は当業者において周知、慣用の適宜の手段であれば足りるものと容易に認識できるものであって、技術内容を確定できないほど抽象的、概括的であるとはいえない。また、本件公報の中の発明の詳細な説明には、隣接リボンの相互間隔を伸ばした状態又は縮めた状態に拘束する手段の実施例として、鋼片に溶接するもの(本件公報2欄一九行から二二行)、隣接リボンの間に充填片を挿入充填するものが三種の態様(同3欄三行から一二行)、隣接リボンの間隙を充填する突起を備えた帯片を使用するもの及びそれに帯片の脱出を防止する措置を加えたもの(同3欄一三行から一九行)、リボンの平面に凹陥を設けたもの(同3欄二一行から二三行)、リボンの平面に処々突出片を切出し、これを隣接リボンの端部突片に圧接するもの(同3欄二四行から4欄一行)が示され、「拘束する手段」の各種の態様が挙げられていることが認められ、これらの実施例の多様性からも「拘束する手段」は、隣接リボンの相互間隔を伸ばした状態又は縮めた状態を維持する手段であれば足りることが認められる。

次に、本件発明の特許出願の経過をみる。右特許願について昭和五四年三月八日付でされた拒絶理由通知に対して同年五月二五日に提出された手続補正書によって全文補正された明細書の特許請求の範囲の記載は、「フレキシブル・パイプの長さ方向に扁平部を設け、その部分のパイプ形成用リボンの相互間隔を伸ばした状態又は縮めた状態に制止したことを特徴とするケーブル又はチューブ誘導用フレキシブル・パイプ」というものであり、発明の詳細な説明中の実施例についての説明に、「パイプ形成用リボンの相互間隔を伸ばした状態…に制止維持すべく適当の巾Bを有する鋼片8を該扁平部に於けるリボンに接着または溶接する」という出願時にはなかった記載がなされていた(乙一ないし三)。

本件特許出願に対しては、その後、昭和五四年六月一八日付で特許庁審査官により拒絶査定がなされた(乙四)が、拒絶査定不服審判手続において昭和五五年七月九日付で発せられた拒絶理由通知書には、「『扁平部に係る構成を限定し特定する事項』に記載不備があり、特許法三六条四項及び五項に規定する要件を充足していない」旨の記載があり(乙二〇)、これに対して昭和五五年七月一〇日に提出された意見書にかえる手続補正書によって全文補正された明細書では、特許請求の範囲を本件公報に記載されたものとしその中で扁平部の構成を「管体軸を含む平面に平行であり且つその巾が全長にわたり一定な扁平部を一条又は場所を変えて一条以上設け」と特定し、それと同時に発明の詳細な説明において、「リボンの相互間隔を伸ばした状態で扁平部下面に当てた鋼片8に溶接し、…或いはこの扁平部のリボンの相互間隔を縮めた状態で鋼片8に溶接する」(明細書三頁一行から五行)という記載がなされていたもので(乙六)、右補正の結果昭和五五年七月一七日出願公告がされ、この手続補正書中の発明の詳細な説明の記載が、本件公報における発明の詳細な説明となっている(甲二)。

右認定の事実によれば、本件発明の発明の詳細な説明には、出願過程において、一度は「パイプ形成用リボンの相互間隔を伸ばした状態…に制止維持すべく適当の巾Bを有する鋼片8を該扁平部に於けるリボンに接着または溶接する」との記載がされたが、最終的には「リボンの相互間隔を伸ばした状態で扁平部下面に当てた鋼片8に溶接し、…或いはこの扁平部のリボンの相互間隔を縮めた状態で鋼片8に溶接する」との記載に補正されているものである。また前記認定の事実によれば、本件発明が特許登録されたのは、昭和五五年七月一〇日提出の意見書に代わる手続補正書による補正により特許請求の範囲の記載において扁平部の構成を特定したことによるものであると認められ、「鋼片8に接着」するという表現を発明の詳細な説明から削除したことによるものと解することはできない。

そして、発明の詳細な説明における前記認定の補正は、単に本件発明の実施例についての説明の変更にすぎず、「接着」も「溶接」も共に構成要件(三)の「拘束する手段を設ける」ための鋼片の固着手段として従来周知、慣用である類似の手段であるといえるから、「鋼片8に接着」するという表現を発明の詳細な説明から削除したからといって、出願人が、「縮めた状態による拘束の手段」から、意識的に「鋼片の接着」を除外したものと認めることはできない。また、原告の主張が禁反言の法理により許されないということもできない。

二  争点2に対する判断

1  実施料相当損害金について。

(一) 昭和五七年九月一二日に、原告専用実施権の設定を受けた際に合意された実施料の率は、実施製品の総売上高の一一パーセントであったが(甲一六)、昭和六三年一二月三一日に、右実施料率を、平成元年は7.5パーセント、平成二年及び同三年は6.0パーセント、平成四年から同七年までは5.0パーセントと変更され(甲一七、弁論の全趣旨)、原告は、昭和五七年九月から平成四年一二月まで、右のように取り決められた実施料率に従って、特許権者に対し専用実施料を支払った(甲一八の1ないし9)。

被告は、昭和六二年九月一日から平成二年一一月末日までの被告製品の製造販売によって、総額三三五八万五九九九円の売上高を得た(争いがない)。

(二) 原告が、右認定のとおりの実施料率で特許権者に実施料を支払ってきた事実と前記認定の本件発明の技術内容、程度、被告製品の販売時期、原告が支払ったのは専用実施権についての実施料であること、原告の支払う実施料率が低減されたのは六年三月にわたって高額の実施料を支払ってきた後であること、その他諸般の事情を総合考慮すれば、本件発明の実施に対して原告が被告から通常受けるべき金銭の額としては、売上額の7.5パーセントをもって相当と認めることができる。したがって、特許法一〇二条二項の規定により、被告製品の売上額三三五八万五九九九円の7.5パーセントにあたる二五一万八〇〇〇円(千円未満切捨て)が、被告の侵害行為によって原告が被った損害と認められる。

(三) 被告は、実施料相当額の算定の基礎となる金額について、被告製品における本件発明の利用率は、角フレキホース自体の代価を控除した残額の割合で定めるべきである旨を主張している。

しかしながら、これまでに認定したように被告製品の一部ではなく、全体の構成が本件発明の技術的範囲に属するものであるから、本件発明にかかわる部分の利用率ということを考える余地はない。

また、被告は、本件発明を実施した原告製品の販売量と被告製品の販売量との比較から、被告製品の販売によって、原告が、損害を受けていることは殆どない旨主張するが、専用実施権者である原告は被告の侵害行為により実施料相当の損害を当然に被ったものと認められるから、被告の右主張は採用できない。

2  弁護士費用等について。

(一) 原告は、ネオフレックスを債務者として被告製品の販売差止めを求める仮処分の申請をし、これが認容された。原告は、ネオフレックス及び被告に対し被告製品の販売、製造の差止め及び被告製品の廃棄並びに被告に対し損害賠償を各請求して本訴を提起したが、本件特許権の存続期間の終了後右差止請求及び廃棄請求は取下げられた。原告は、原告訴訟代理人に対して右仮処分事件の申請及び追行並びに本訴の提起及び追行を委任し、原告訴訟代理人は、弁理士である原告輔佐人を選任した(以上、裁判所に顕著な事実、記録上明らかな事実)。

原告は、原告訴訟代理人に対して、本件仮処分事件の着手金として一〇〇万円(消費税を含む)、本訴着手金として五一万五〇〇〇円(消費税を含む)、本件仮処分執行費用等立替金として一三万円を支払い(甲一〇の1ないし3)、また原告輔佐人に対して、本件仮処分事件の着手金として八二万四〇〇〇円(消費税を含む)、本訴着手金として五一万五〇〇〇円(消費税を含む)を支払った(甲一〇の4、5)。また、原告は、原告訴訟代理人弁護士及び原告輔佐人弁理士に対し、相当額の成功報酬を支払う旨約した(弁論の全趣旨)。

(二) 原告訴訟代理人が所属する第二東京弁護士会の報酬会規は、訴訟事件の着手金及び報酬金は、それぞれ、経済的利益の価額を基準として、五〇万円以下の部分は一五パーセント、五〇万円を超え一〇〇万円以下の部分は一二パーセント、一〇〇万円を超え三〇〇万円以下の部分は一〇パーセント、三〇〇万円を超え五〇〇万円以下の部分は八パーセント、五〇〇万円を超え一〇〇〇万円以下の部分は七パーセント、一〇〇〇万円を超え五〇〇〇万円以下の部分は五パーセントなどと算定すること(一八条一項)、右着手金及び報酬金は事件の内容により三〇パーセントの範囲内で増減することができること(一八条二項)、工業所有権事件の保全事件で重大または複雑であるときの着手金は一八条により算定された額とすることができること(二三条一項)、仮差押又は仮処分に関する手続のみにより本案の目的を達したときは、一八条の規程に準じて報酬金を受けることができること(二三条三項)が定められており(甲一二)、また、原告輔佐人の所属する弁理士会は、会令をもって「特許事務標準額表」を定めており、これによれば、弁理士法九条に関する事件の着手金及び報酬の算定方法は前述の弁護士会報酬会規一八条によるものと同一である(甲一三)。

(三) 被告代表取締役中野銀十は、東京都大田区仲池上一丁目三三番一五号に本店を有し、電気材料の加工販売を目的とするネオフレックスの取締役でもあり、平成二年三月六日当時、名古屋市西区笠取町二―七六には被告の事務所のある金城ビルがあり、その塀に「株式会社ネオフレックス」との社名が掲げられているが、その独立した事務所は確認できなかった。被告本店所在地には、被告とネオフレックスの社名を併記する看板が掲げられてはいるものの、被告代表者の私邸があるのみで被告の事務所は確認できなかった(以上、甲三、甲七ないし甲九、甲一五)。

右認定事実によれば、被告とネオフレックスとは形式的には別法人であるものの、単なる取引先以上の密接な関係があるものと推認される。ネオフレックスは、被告の製造した被告製品のうち、少なくとも一部を被告から購入し他へ販売していたもので、ネオフレックスの右販売行為は、本件特許権についての原告の専用実施権を侵害する不法行為であり、右のような被告とネオフレックスの密接な関係をも併せ考えるとネオフレックスによる被告製品の販売の限度で共同不法行為にあたるものと認められる。したがって、ネオフレックスの行為による損害についても被告は賠償する責任を負うべきものであるから、ネオフレックスによる被告製品の販売に対応するため原告がネオフレックスに対する本件仮処分事件及び本訴に要した弁護士等費用のうち、ネオフレックスの侵害行為と相当因果関係を有するものについて賠償しなければならない。

(四)  右(一)ないし(三)の事実及び原告に対して認められるべき前記実施料相当損害金の額、被告及びネオフレックスに対する被告製品の製造、販売の差止請求、被告製品の廃棄請求は、本件特許権の存続期間内であれば認容されるべきものであったこと、本件事案の性質、内容、複雑さ等に鑑み、原告が負担する弁護士費用及び弁理士費用中、被告及びネオフレックスの侵害行為と相当因果関係を有する損害は、本件訴訟分及び本件仮処分事件分を通じて合計一六〇万円と認めるのが相当である。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、第三.二1(二)の二五一万八〇〇〇円と同2(四)の一六〇万円の合計四一一万八〇〇〇円及び本件訴状送達の日までの被告製品販売分三三三二万〇七〇三円に対応する実施料相当損害金分二四九万九〇〇〇円に対する本件訴状送達の翌日である平成二年九月一五日から支払済みまで、その後平成二年一一月末日までの被告製品販売分二六万五二九六円に対応する実施料相当損害金分一万九〇〇〇円及び弁護士等費用一六〇万円の合計一六一万九〇〇〇円に対する最終販売日である平成二年一一月一四日から支払済みまで(以上、被告製品の販売日について弁論の全趣旨(被告平成四年一二月一四日付準備書面別表Ⅱ))、各年五分の割合による遅延損害金の限度で理由がある。

(裁判長裁判官西田美昭 裁判官髙部眞規子 裁判官櫻林正己)

別紙特許権目録〈省略〉

別紙物件目録〈省略〉

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